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Engineering of TEDxKyoto (2)

僕はミリヲタでは無い.しかし,軍事用語はこの種のイベントを説明するのに大変便利であるから,ある程度軍事用語を使わせてもらうことにする.

僕は TEDxKyoto では,キュレーション,ショウ(ステージ),ビデオプロダクションを主に担当させてもらっている.TEDxKyoto の他のミッションには,オペレーション(イベント運営,チケッティング),コミュニケーション(広報,参加者コミュニティ運営),そしてパートナー獲得と資金管理がある.残念ながら,僕はこれら他のミッションについては,通り一遍のことしか書けない.

まずは,ショウについて書いていこうと思う.ショウとは,TEDxKyoto というイベントの一部であり,後のビデオ公開の収録現場でもある.

ショウについて最も大事なことは,ロジスティクスである.予定した日に,予定した場所へ,訓練された人と必要な物資を滞り無く届けることだ.

予定した日とは,イベント当日と,その前後のリハーサル,設営,撤収の日程,さらに下見,打ち合わせの日程などだ.特にイベント開催日はすべての基準になるので,慎重に選ぶ必要がある.

開催日選びには,近隣のTEDxイベントと重ならないこと,天候が安定していること,特に京都の場合はホテルが取れないシーズンを避けることを心がけている.TEDxKyoto はこれまで9月末の日曜日を選んできたが,この選択は台風のことを考えると非常に賢明とは言えなかった.

予定された場所とは,イベント会場のことである.出来れば,アウェイは避けたい.たまたま TEDxKyoto ショウチームメンバー(とオペレーション,コミュニケーションのディレクターたち)はアウェイに滅法強いという特技を持っているのだが,万全の体制でショウを実施するためには,イベント会場を徹底的に自陣にしておかねばならない.ほら,城攻めは下の下と孫氏にもあるでしょ.

またよく誤解されていることであるが,TEDxはただのカンファレンスではなく,ショウなのである.なので,イベント会場は少なくとも演劇を行える設備が無くてはならない.我々は TEDxKyoto 2012 でこの事を学んだ.

とにかく,この二つをきっちりした上で,人を集中的に投下することになる.

Engineering of TEDxKyoto (1)

僕は現場の人間でありたいと思っている.さすがに体力が持たなくなってきているが,少なくとも次の1月で42歳になるまでは,現場に立ち続けていたいと思ってきたし,そうし続けてきたつもりだ.

現場の人は,多くを語らない.現場の人は口先より手先だということを知っているからだ.

2012年の立ち上げから参加させてもらっている TEDxKyoto でもまた,僕は現場に立たせてもらってきた.2012年,2013年は TEDxKyoto そのものの認知度を上げる必要もあり,僕もブログで発信をしてきたのだが,2014年は現場にだけ集中するようにした.

3年間夢中になって走り続けた結果,多くのことを学んだように思う.そのほとんどは,現場で学び,現場で伝えようとしてきた.ただその知見のうち,言語化できるものは,是非とも書き残しておかねばと思うようにもなった.

僕は現場の人たちの暗黙ルールを破って,TEDxKyoto 運営に関して学び,工夫し,挑戦し,成功し,失敗したこと — 僕はこれを Engineering と呼ぶ — を,これから書き残していこうと思う.

僭越ながら僕が舞台プロデュース兼監督を務めさせて頂いた Hack Osaka 2014 の動画がアップされています.大阪イノベーションハブのメンバーを中心に,TEDxKyotoの北林さんが総合プロデュース,志水さんがデザイン&映像オペレーション,三ツ木さんがコミュニケーションを担当しました.司会はダイアン吉日さんでした.よろしければご笑覧下さいませ.

戦国時代の武将は数え42歳前後で第一線から引退したらしい.体力の問題だろう.戦国時代にレッドブル無いし.

僕自身,現場の最前線に立てるのは今年が最後と思っていろいろ挑戦している.そんな挑戦のひとつ,TEDxKyoto 2014 の本番と後片付けを終えたところだ.

2011年のお正月に,その年の目標として「TEDでトークをすること」を掲げた.今思えば顔が真っ赤になるほど世間知らずの目標だった.オーディションにも応募して,落とされた.それでも,TEDぽい何かに関わっていたいとは思った.

東日本大震災があり,学会が次々中止になる中,関西のテクノロジー,エンタテインメント,デザイン,アート系の研究者に発表の機会を持ってもらいたいのと,僕自身この分野を盛り上げていきたい意図もあって,Technology x Art x Design (TAD) というイベントを京都の元立誠小学校跡地で開催させて頂いた.僕が理事をさせてもらっているNPO法人こどもアートの「レッジョエミリア展〜驚くべき学びの世界」の夜間企画としてだった.

TADというネーミングは,もちろんTEDを意識したものだ.リチャード・ソウル・ワーマンが設計したプレゼンテーションの建築を模倣したかったのだ.

TAD開催の全く同じ日に,後に僕の親友になってくれたジェイ・クラパーキがTEDxKyotoのライセンスを米国TEDに申請した.この情報は,同じくTEDxKyotoを構想していた,そしてやはり親友の近藤淳也にも伝えられ,二人がTEDxKyotoのファウンダーとなった.

TwitterでTEDxKyotoがスタートしたことを知った僕は,すぐに淳也さんとジェイさんにメールで連絡を取り,彼らの最初のイベントTEDxKyotoChange 2012 に電気エンジニア兼プログラマとして参加させて頂いた.その後 TEDxKyoto 2012 暫定プロデューサ兼チーフキュレータ,TEDxKyotoChange 2013 映像音響エンジニア,TEDxYouth@Kyoto 2013 アドバイザ,TEDxKyoto 2013 総合プロデューサ,TEDxKyoto 2014 Special Event “To Boldly Go” 総合プロデューサ,TEDxKyoto 2014 総合プロデューサとして合計7回のTEDxKyotoイベントに参加させて頂いた.他に TEDxTokyo, TEDxSendai などでステージクルーを努めさせて頂いた.

TEDxKyotoメンバーが立ち上げたいくつかのイベントでスピーカもさせて頂いた.のぞみの藤田さんが主催された京都デザイン文化祭(TEDxKyotoチーフアーキテクトのつかささんとご一緒させていただいた),Impact Hub Kyotoの Tom Tom さんが主催された CROSSxSTORIES (TEDxKyotoおもてなし姉妹のしょうこさんとご一緒させていただいた)などだ.カラスマ大学でも講師に呼んで頂いた.

TEDxKyotoスーパーディレクタのまささんがプロデューサを勤められた NOTOxGIAHS は,TEDxKyotoの発表スタイルが普遍性を持つことを確認する良い機会になった.この成果は情報処理学会研究会報告になった.

ISOUKAIxという医学会総会の新しい取り組みにも参画させて頂いたし,医学会総会学生フォーラムとは本当に密なお付き合いと学生指導をさせて頂いている.TEDxKyotoで知り合ったゆかりさん,きよさん,えりさん,りょうさん,たかさん,いさおさん,まささん,まさつぐさんは,この試みに献身的な貢献をしてくれている.

Hack Osaka 2014 は TEDxKyoto チームからいさおさん,たかさん,りょうさん,そして僕がコアメンバーとして参加させてもらった.

本当にほんとうに,TEDxKyotoがつないでくれたご縁である.

TED4KOBEのプロデューサにもTEDイベントのプロデュースのご指導を頂く機会を得たし,伝説の舞台プロデューサTheo先生にも親しく指導して頂ける機会を得た.演出家のウォーリー木下さんにはどれだけ教えられたか計り知れない.

それにTEDxKyotoを実施するにあたって,集まってくれた仲間のひとりひとりが,新しい世界を切り開いてくれたことは僕が一番誇りに思うことである.TEDxKyoto講演者,参加者から頂く「楽しかった」「勉強になった」「思いを伝えられた」といったひとつひとつのメールは,一生涯の宝である.知り合った仲間は,全宇宙の至宝である.イベントの最後にステージで胴上げをしてもらったのは,冥土の土産である.

僕はこれからもTEDxコミュニティに恩返しをしていきたい.どんな形で恩返しが出来るのかまだわからないけれど,アプリ開発でも,字幕付けでも,何でもやっていきたい.

本当にありがとう.

あ,TEDxKyoto 2014 のビデオ公開まではすべての責任を持つので,そこはご心配なく.

ありがとう,ありがとう,ありがとう.

金谷一朗

PS. まだしばらくレッドブルのお世話になりそうだ.

Image courtesy of TEDxKyoto.

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